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はじめに

これは私とはずがたりが息子まあくんと一緒に奈良を中心とした寺社仏閣巡りしたを記録しておくブログである。
題名は勿論円仁@山門派の『入唐求法巡礼行記』のパクリ──基いオマージュであるが,開設するに辺り入唐をどうやって変えるかを思い悩み遅れてしまった。思いついた瞬間,嗚呼,絶対にもう誰かに取られてるよなと思ったけど誰もこの名でネット上になんか開設してないようである。無知なネトウヨどもは日本史知らないしましてや仏教より神道だろうからだろうけど,おい,慈覚大師のことぐらいみんな知ってるけど畏れ多くて使ってないだけだぜって事があるかもしれない。まあそうだったとしても1000年以上も経っているのだし寛恕して貰うとしよう。

きっかけ
元々,私の両親(S16生まれの戦前派)は遊園地なんか連れてくぐらいなら旅行先に寺社仏閣に連れてく様な人だったが,それに影響された自覚は殆ど無い。更に高校を卒業し京都の大学に入って(私は元々静岡県生まれ)寺社仏閣を巡るサークルにたまたま受け取ってたチラシを残してあったのがきっかけと成って参加し,そこで現在の女房迄見つけたのであるけど,寺社仏閣が好きという自覚は更々無くそのサークルでは専ら麻雀とドライブしかしてなかった。一応我がお勧め寺は大悲山峰定寺と岩屋山志明院と善峰寺であるから全く寺巡りをしなかった訳では無い。サークル同士の交流があった早稲田の連中がくるとそういった山寺にクルマ連ねて出かけたものである(当時はバブル崩壊直後で皆学生の分際でクルマを乗り回していたのだ)。そんな時,観光客が掃いて捨てる程ゐる市街地の寺などにわざわざ行きたいとは思わないのである。大学生活は楽しく折角受かった公務員を直ぐ辞めてその後長々と大学院生活を謳歌してしまったのである。

そんな私もやっと息子が授かり女房の精神的な余裕もなくなったので就職を期に結婚と同時に始めてゐた単身赴任を解消して大和国生駒郡に本格的に棲むようになった。そして2年程経ちまあくんが4才になる春,西国三十三所巡りをしているまみい(我が母)が来駒し壺阪寺と岡寺に行きたいと云う事になった。当時のまーくんはパトカーとプラレールとピングーの好きな普通の(けど偏食は激しい)少年であったが,壺阪寺の巨大な石の涅槃像に心を動かされたのかすっかりぶつぞーが気に入ってしまったのである。好きな車種の見分けをつけるように大日如来と阿弥陀如来の違いが判るようになったのである。幼少期にもの凄いもの憶えを発揮して親がこの子は神童かと思うってのはこのことかと合点し,そのうち飽きて忘れて仕舞う迄は折角仏像の宝庫奈良に住んでいるのだし,精神的に参り気味の女房は相変わらず些事に怒鳴り散らしているので成る可く関わらないようにするのがお互いの為だしで,この際毎週の様にあちこち廻るようになって1年半近く経ったという訳である。

私が主宰する掲示板は写真のアップが出来ないしこの際撮りためた写真と日記を遡ってアップして行こうという腹づもりである。どんな感じになるのか実験ですが,面倒くさかったらそのうち辞めます。。
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